徒然な日々に

その日の個人的出来事や、見たニュース、記事から思った事、感じた事を徒然と…
10月30日(日)

憲法には死刑を合憲とする論拠はあっても違憲とする論拠など何処にも無い 

24日付の弁護士ドットコムの記事から

「死刑は国家による殺人」「憲法に適合するか考えるべき」弁護士らが議論
2016/10/24(月)9:52
 死刑制度について考えるシンポジウム「響かせあおう 死刑廃止の声2016~死刑と憲法~」 (主催:死刑廃止国際条約の批准を求めるFORUM90)が10月15日、東京都内で開催された。死刑廃止議員連盟副会長の福島みずほ参議院議員、憲法に詳しい伊藤真弁護士、刑法学者の平川宗信・名古屋大学名誉教授、2014年に再審開始が決定された「袴田事件」弁護団の小川秀世弁護士が登壇し、日本の死刑制度について憲法の観点から議論を交わした。

福島議員は、「国家による殺人は戦争と死刑執行の2つ。政府は強大な権限を持っているが、人の命を奪うことはできないはず。戦争はできないと定めているのが憲法9条。戦争と同じように人の命を国家が奪う死刑も、違憲と言えるのではないか」と話した。

伊藤弁護士は、「死刑は人の命を奪うという最大の人権侵害。天皇主権の時代は天皇の名で(死刑)判決が出たが、今は国民主権なので、国民の名で死刑判決が出るといえる。主権者である国民が、国家による殺人を正当化している」と語った。

平川名誉教授は、「死刑制度は国の制度。国の制度は憲法の上に考えられなければならない」と指摘。憲法の理念や原理に基づけば、「どう考えても死刑は憲法に反すると言わざるを得ない」と述べた。

小川弁護士は、日本弁護士連合会が死刑廃止宣言を採択した10月7日の人権擁護大会で、反対派の弁護士から「死刑の問題は価値観の問題」「価値観の強要は思想信条の自由に反する」という意見が出たと指摘。「死刑は法制度の問題なのだから、まず、憲法に適合するのかを議論すべき」と述べ、憲法をベースとした議論を呼びかけた。

 こういう下卑た真似しか出来ないから、弁護士ってのはクズばかりだと判断せざるを得ないんですよねぇ。

 クズが雁首揃えてデマを垂れ流す…記事を読む限り、如何にも弁護士という虚言に満ちた詐欺師集会の場に相応しい内容ですが、自分達が人として最低のクズである事くらいは自覚して欲しいものですね。

 例えば、脳みそスッカラカンで有名な福島みずぽの戯言。

 国家による殺人が戦争と死刑の2つであり、戦争と同じだから死刑も違憲だと、何ら論理性も関連性も無い頓珍漢な暴言を吐いていますよね?

 そもそも本当にその2つだけなら、警察官は何で拳銃を持って武装しているのか、SATやSWATなどのより強力な火器を持った部隊は何故存在しているのか?

 言うまでも無く、威嚇や警告でどうにもならない場合にはその場での射殺、つまりは殺人が国家によって認められているからですよねぇ?

 本当に理由を問わず、国家による殺人を赦さないと言うのなら、足に当たってさえ殺してしまう可能性があり、実際にコレまでそういう形で犯人を射殺している警察の銃器所持は今すぐ廃止しろと言わねばおかしいですよねぇ?

 ましてや国家による殺人が違憲である、認めないというような内容は憲法の何処にも書いておらず、「はず」だの「ではないか」だのと論理すら成り立たない憶測で己の狂った思想を押し付けるなど論外です。

 9条で戦争を放棄させているのは単に、アメリカにとって最大の脅威となった日本から牙を抜く為でしかなく、それ以上の意味もそれ以下の意味もありませんので、関連付ける事がそも、単なる無理矢理な言い訳に過ぎません。

 で、次に伊藤とかってアホな弁護士が死刑は人権侵害だの、国民の名で死刑判決が出ているだのとこれまた全然筋違いの戯言を並べていますね。

 そもそも憲法十三条にはこうあります。

 「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」

 つまり、個人としての権利の一つである生命は確かに尊重されるが、あくまでもそれは公共の福祉に反しないことが大前提であり、言い換えれば欲望のままに他者を殺害するような下衆には最大の尊重をする必要などないので、ある程度尊重した上での死刑なら問題が無いとも言えるわけです。

 まして、普通に生きてきた被害者から己の欲望のままに命や自由、幸福追求権を奪ったのですから、最大の尊重をすべきなのは奪われた側であり、同時に野放しにする事で二次被害が発生しないよう尽力するのは国家として当然の責務です。

 加えて、死刑制度だろうが憲法だろうが国民の合意を経て造られたわけではありませんし、死刑制度の賛成者が圧倒的多数である事と、仕組みに賛同した以上は同罪だ、人殺しだというのは論理飛躍にも程があります

 例えば痴漢犯罪には厳罰をという声に反対をする人というのは殆どいないでしょうが、じゃあ冤罪被害で投獄された人が厳罰に賛同した者も冤罪を生み出している人間だなんて主張したら、それは自称被害者や警察、検察、そして裁判官の責任であって、制度や厳罰化に賛同した者まで同罪とするのは幾らなんでも暴論だと反論しますよね?

 死刑だって事実を明らかにするのは検察の役目であり、するかどうかの最終的に判断を下すのは専門家である裁判官で、GOサインを出すのは司法のトップである法務大臣であって、一般国民は裁判員にでも選ばれない限り関わる事さえないのですから。

 何より、国家による殺人を正当化して何が悪いと言うのか?

 伊藤って阿呆は人権侵害だからとかほざいていますが、これまで散々書いて来たように死刑が適用されたり検討されるのは凶悪な殺人犯だけです。

 先述した通り、これらは他者の憲法で保障された生命、自由、幸福追求などの人権を殺して奪った、人権に最大の尊重をしてやる必要の無い例外的存在と他ならぬ憲法が規定しているのです。

 また、殺人・傷害致死犯は前科持ちが非常に多く、特に粗暴犯等、他人の生命や身体を尊重する意識が希薄な者が多いため、釈放によって改善するどころかよりエスカレートして殺人に至る、或いは再び殺人を犯すというケースが往々にしてあります

 故に、野に放つと言う事はそのまま再度他者の人権を奪う行為に身を染める可能性が高いと言う事であり、危険性を統計としてわかっているのに放置して新たな被害を生むのはもはや法治国家とは言えませんし、むしろその方が憲法を蔑ろにする行為と言えるので、死刑によって処分するのは憲法を守る上でも何らおかしなことではないでしょう。

 まっとうに生きる大の虫を生かすため、有害な小の虫を殺す…国家と言う法で形成された枠組みを守るのに、何ら不都合はありません。

 残りの平川だの小川だのにしても、具体性の無い主張で憲法がどうだの制度がこうだのと言っても説得力の欠片もありません。

 最初に福島がほざいているように、結局反対派って感情的な抽象論でしかものを言えないんですよね。

 例えば、テロリストが人質を取って、仲間100人の解放を要求してきたとしましょう。

 数人のために100人を解放し、結果、その100人が自爆テロを起こして3,000人の民間人が殺される事態になった。

 この結果に対して総理大臣が辞職するだの、衆院が解散するだの、そんな瑣末なことで3,000人の命に対して責任が取れたと言えるでしょうか?

 ましてや無期懲役や有期刑などにして再び強姦魔や殺人犯を野に放って再犯を可能にさせた弁護士や裁判官が、その罪に対して今まで何か償いをした事が一度でもあったでしょうか?

 結局、誰も取れ無いし、そもそも弁護士らなんぞ取ろうともしないわけですから、だったら再犯が出来ないようにする制度は絶対に必要ですよね?

 そしてそれは、無駄に税金で飼育する数百年の懲役や出所の無い永久刑など無意味なものである理由はないし、それはもはや単なる隔離政策であって罰ですら無いですからね。

 何時執行されるかわからない状況で、己がそういう事態にまで陥ったことを十二分に後悔と反省させ、その上で死を持って罪を償う…

 これ以上、人としての良識を欠落させた馬鹿どもにぴったりの刑罰はむしろありませんよ。
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