徒然な日々に

その日の個人的出来事や、見たニュース、記事から思った事、感じた事を徒然と…
05月17日(日)

歴史的事実を否定し、妄想に縋るバカヒの滑稽ぶり 

2014年10月12日付けの朝日新聞の記事から

関東大震災と朝鮮人虐殺
2014年10月12日 朝刊
 1923(大正12)年9月1日午前11時58分に発生した相模湾一帯を震源とするマグニチュード7.9の巨大地震。被災した住民らの間に「朝鮮人が暴動を起こしている」「朝鮮人が井戸に毒を投入した」などの流言が広まり、東京やその周辺で朝鮮人らが殺害された。政府の中央防災会議の「災害教訓の継承に関する専門調査会」が09年にまとめた関東大震災に関する報告書は、震災全体の死者・行方不明者は10万5千人を超え、うち殺害による死者数を1〜数%と推計。「官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した。虐殺という表現が妥当する例が多かった。対象となったのは、朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人も少なからず被害にあった」と指摘している。

 厚顔無恥にも未だ日本人が虐殺をやったと喚く、下劣なバカヒの半年程前に掲載された記事です。

 何故今更古いのを出したかと言うと…

 『-激動の昭和史を読む-太平洋の記憶』というアシェット・コレクションズ・ジャパンが出している週刊雑誌で遂に関東大震災の特集となり、当時の朝日新聞紙面が付属していたからです。

 そしてそこに記載されていたのが以下の内容です。

何の窮民か 狂気を携へて暴行 横浜八王子物騒との情報
大阪朝日新聞 大正十二年九月十二日(月曜日)夕刊
 【二日午後七時金沢某所着電長野よりの情報】二日正午戒厳令発布と東京を追払われた約二百名の不逞漢いろいろの凶器を携へ八王子市に入り込み不穏の形勢あり、夕方にいたり悪化して暴徒と化し市民は付近の山中に避難し、警察署は官公吏、青年団に武装を許し相対峙している、列車は八王子に入るを得ず、右不逞漢は東京、横浜に連絡を有するものと伝えらると

▼横浜の罹災民避難地へ不逞漢多数暴れこみ出兵を要求したと(串本電報)

▼横浜地方ではこの期に乗ずる不鮮人に対する警戒頗る厳重を極むとの情報が来た

 はい、そうです。

 前々から書いているよう、「被災した住民らの間に「朝鮮人が暴動を起こしている」「朝鮮人が井戸に毒を投入した」などの流言が広まり、東京やその周辺で朝鮮人らが殺害された」という主張を述べ、流言だの、デマだのと平気な顔でバカヒは書き殴ります。

 でもソレを当時垂れ流していた張本人こそが他ならぬ朝日新聞なのですが、まぁ、最初の記事を読んでわかる様に、虐殺があったというのならそれを引き起こした張本人こそが己である事を完全に隠蔽しているのです。

 そしてまぁ、鶏以下の記憶力と猿に劣る知能のチョウセンヒトモドキはこういった事実を知らずに現在自分達の反日に協力してくれるからとバカヒを賛美している訳で、何ともこういう本当の歴史を知っていると連中の関係って滑稽極まりないものですよねぇ?

 号外でも、夕刊でも翌日の新聞でも繰り返し不逞鮮人の活動について報じているのに、今ではその事実事態を無かったこととして流言が、デマが飛び交って虐殺がおきた、ですから…バカもここまで拗らせると一層哀れさが漂います。

 最も現在では工藤美代子氏の調査により、当時チョウセンヒトモドキが震災の混乱に乗じて各地で暴れていた事が事実であることは証明されており、しかもバカヒの記事では記者が実際に自身が横浜方面から品川に向けて暴動を起こして放火しながら北上していくのを目にしたと記していますし、他の複数の新聞社も列車への爆弾投擲や施設への放火、強姦、殺人などチョウセンヒトモドキによる具体的な場所や犯罪内容に言及したものさえも報道しており、戒厳令による情報統制解除後には逮捕された詳細についても報道されています。

 また、後藤新平が朝鮮との融和を目的として警察を使って流言飛語という事にして報道の差し止め、つまり上記した情報統制をしたことも既に判明しており、チョウセンヒトモドキが混乱に乗じて各地で暴れていたのは流言でも飛語でもデマでも無かったわけです。

 歴史的事実から目を逸らし、都合よく捻じ曲げた妄想を掲げるバカヒ。

 こんなクズ会社に新聞社を名乗る資格はありません。
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