徒然な日々に

その日の個人的出来事や、見たニュース、記事から思った事、感じた事を徒然と…
09月15日(月)

どれだけ時間が経とうとも腐敗改善など有り得ないバカヒの本質 

13日付けの朝日新聞デジタルの記事から

論じることの原点を心に刻んで
2014年9月13日05時00分
 朝日新聞は、戦後に例がない大きな試練を自ら招いてしまいました。

 一昨日、木村伊量(ただかず)社長が記者会見し、福島原発事故での「吉田調書」をめぐる誤報や、慰安婦報道での間違った記事の撤回の遅れなどを謝罪しました。

 「吉田調書」は、社説でも取り上げ、全面公開を求めました。その中で、誤報だった記事に基づいて「所員の9割が命令に反して10キロ余り離れた別の原発に一時退避」や「所長の指示・命令が守られず」という表現を使いました。社説を担う論説委員室として、読者や関係者の方々にかさねて深くおわびします。

 また、慰安婦報道検証や、それについて論評した池上彰氏のコラム掲載見合わせも、重い問題だと受け止めています。

 私たち論説委員は、社説などの欄で、あるべき社会の姿について主張をし、ときに人や組織を批判する役割を担っています。

 しかし、その土台を大きく損なってしまいました。どんな主張をしても「お前にそれを言う資格があるのか」と厳しく問われるからです。

 私たちはその批判と誠実に向き合い、読者の信頼回復に努めなければならないと感じています。そのうえで、論じるべきことを論じるのは依然として自分たちの責務だと考えます。


 ■反証と異論に謙虚に

 読者やほかのメディアから、たくさんの批判をいただきました。一番重く受け止めなければならない指摘の一つは「自分たちの主張に都合の良いように事実を集めたのではないのか」だと思います。

 日々、論じることを仕事としている論説委員も、つねにその危険に近いところにいます。

 論を紡ぐ過程で、主張への反証となる事実への謙虚な姿勢を失えば、それは空論や暴論となります。また、そこに陥らないようにする上で、あるいは自分たちが陥ってもそれを批判する視点を読者に確保する上で、大切なもう一つのことは、異論に紙面を開く姿勢にほかなりません。

 朝日新聞はそのためにオピニオン面をとりわけ重視し、社説とは異なる論も含めた多様な意見を掲載することに力を入れてきました。それだけに池上氏のコラムの掲載見合わせは、自分たちが一番大切にしていた価値を損ねる結果になりました。

 慰安婦報道の影響については、今後、第三者機関で検証を進めてもらいます。ただ、たとえば1997年に一度検証をしながら、吉田清治氏の証言を虚偽だと断定し記事を取り消せなかったのは、反証となる事実や異論への謙虚さが欠けていたからではないかと自問せずにはいられません。


 ■議論をゆがめた誤報

 朝日新聞が8月、自身の慰安婦報道の検証を紙面に掲載したのは、慰安婦問題を直視するには、過去の誤った記事が妨げになっていると考えたからです。

 かつての報道を明確に取り消さないかぎり、「朝日の慰安婦報道問題」が前面に出てしまい、本来の「慰安婦問題」が背後に退いてしまう。朝日報道への批判とともに、議論がナショナリズムの対立に大きく傾く。日本で嫌韓本がはやり、韓国の団体は慰安婦の像を国内外に建てる。お互いに挑発する不毛な応酬。その結果、被害者の救済という一番大事な問題の解決が置き去りになっていく--。そんな状況を打開したいと考えたからです。

 にもかかわらず、原発事故に関する「吉田調書」の誤報で再び議論の核心をゆがめかねない同じ過ちを繰り返してしまいました。原発問題という大切な議論をしなければいけない言論空間に、「朝日の原発報道問題」というもう一つの問題を作ってしまったからです。


 ■論じ続ける責務

 私たちは、慰安婦問題の本質とは、戦時下の女性の尊厳や人権であり、取り組まなければならないのは被害者の救済や日韓の和解であると主張してきました。

 また、吉田調書を含め関係者の証言や記録の吟味は、日本の今後の原子力行政に欠かせない作業だとも考えています。

 その意味でも、慰安婦問題や原発問題の議論が、自らの失態で後方に退いたり、ゆがんだりしたままにならないように論じ続けることは、私たちの責務だと思っています。

 もちろん、論じることを読者に説得力を持って受け止めていただくためには、反証となる事実や異論に謙虚になるという原点を改めて心に刻まなければならないと痛感しています。

 その自覚をもって、今の日本にとって重要な数々のほかの課題についても、私たちはこれからも社説などを通して言論人としての使命を果たしていきます。批判に耳を傾けながら、多様な議論の発展に貢献したいと考えます。

 「論を紡ぐ過程で、主張への反証となる事実への謙虚な姿勢を失えば、それは空論や暴論となります」だそうですけど、異論に対してバカヒが謙虚に耳を傾けたことなんて過去にありましたっけ?

 例えば、この吉田調書や慰安婦の騒動では、新聞から雑誌までバカヒの出鱈目について論じたメディアへは抗議文を片っ端から送り付け、謝罪をしろ、撤回しろ、さもなければ訴えてやるぞ、準備は既にしているぞと恫喝を繰り返し、更には自らが批判した一つの事を論拠として関係の無いことにまで話をすることを拒絶するという態度を公然とやる唯我独尊振りをこの一ヶ月そこいらの間、これでもかと振りかざしてきましたよねぇ?

 まぁ、稲垣武氏の『朝日新聞血風録』を読んだことがあれば、こういうデマゴーグの垂れ流しや池上の記事掲載拒否のような内部への言論弾圧などは昔から恒常的に行われてきていることが丸分かりであり、バカヒの腐りきった体質は組織の創設以来一切変わっていないクズ集団であるとよく判りますがねぇ?

 例えば同書には慰安婦騒動と良く似た流れの朝日新聞社による捏造事件の顛末が記されています。

 1984年10月13日に朝日朝刊一面にデカデカと掲載された、『これが毒ガス作戦と元将校』という記事です。

 専門家ではない稲垣氏が見ても一目で嘘と判る写真は、産経が直ぐに別の時期、別の場所で撮られた煙幕の写真であることを素っ破抜きましたが、バカヒはこの捏造を当初は認めず、言い訳をして事実だと確認もせず強弁をしたのです。

 しかし、更なる決定的証拠と証言を立て続けに産経が撃ちこんでもはや言い訳の余地も無くなった段階で漸く三面の片隅に小さく誤報を認める記事を掲載しました。

 で、このデマをプロモートした犯人である社員は定例研究会の際にどんな態度を取ったかと言うと、1時間半も誰も興味の無い無関係な自慢話を披歴し続け、最後の5分で写真の確認が出来なかっただの、これを理由に朝日の毒ガス報道の全てが嘘だと撮られるのは心外だのと言い訳を並べ立てたそうです。

 どうでしょう?

 確認も何もせずに自分の主張に沿うかどうかだけで出鱈目な記事を書く、反論に愚にも付かぬ低劣な言い訳を並べ立てて耳を傾けるどころか対決姿勢を示す、バレたら本質を勝手に摩り替えて自己の正当性を主張、原因は確認不足や取材力の限界にする…まさに30年経ってもバカヒの本質は何一つ変わっていないというよい証拠ではありませんか。

 実際、この腐った体質と性根は今回も遺憾なく発揮されており、社長自らの謝罪会見にしてもあくまでも東電職員と読者に誤報を流したから謝りますと、それだけで、国民や世界中の人に間違った事実を植えつけて国際問題や国際的批難へと発展させたことについては未だ一切謝っていませんし、それどころか、慰安婦騒動に至っては未だに「慰安婦問題の本質とは、戦時下の女性の尊厳や人権であり、取り組まなければならないのは被害者の救済や日韓の和解」などという強制連行というもともとの主題と全く異なる意味不明な奇声を上げており、日本=加害者、ヒトモドキ=被害者と言う文字通り頭のイカレた寝言を吹聴し続けてそれを訴える自らが正義と恥じらいもせずに自称し続けています。

 というか、ご存知の通り和解も何も、ありもしない捏造与太話で両国関係に楔を打ち込み、ヒトモドキの敵意を煽ってここまでの大騒動にした張本人がこのバカヒですし、その結果としてバカヒが吉田清治の捏造を認めた今ではもう、チョウセンヒトモドキどもはそれを小さく報じるだけで強制連行などという幻想が完全に破綻した事実を認めようと一切していません。

 むしろ、上記のように人権だの尊厳だのと丸っきり中身の無い空疎な戯言を並べ立てることで自らの過ちを糊塗するバカヒの姿勢を絶賛しており、和解どころか良心的な朝日新聞とそれを貶めようとする極右日本という構図を勝手に妄想して一層敵意を募らせている始末です。

 少なくとも真実、日韓の和解なるものを考えているなら、これまで垂れ流してきた全ての嘘の罪をそれこそ謙虚にバカヒが認め、国民にもヒトモドキにも敵意を煽り、対立構図を作った犯罪結社ですと自白をした上で社員全員が腹を切って死ぬ程度はすべきですよねぇ?

 でも実際には、「反証となる事実や異論に謙虚になるという原点を改めて心に刻まなければならないと痛感しています」なんてほざきながら、慰安婦が今、チョウセンヒトモドキが海外にばら撒いている売春婦とどう違うのかという明確な根拠さえ一つも示せないままにジンケンガー、ソンケンガーと意味不明の喚き声を上げているだけで、事実関係をしっかり示す他人の声なんて一切耳に入れていません。

 そもそも、そんな謙虚な姿勢なんてものをバカヒが持っていたならば最初から吉田清治なんて詐欺師のペテンを掲載しないし、してしまったにしても早々に誤りを認めて撤回と謝罪を世界中の人へしていたことでしょう。

 しかし実際には、ペテン師のみならず自社内でまでペテンを創作して30年以上も嘘を垂れ流し続けてきたし、自称慰安婦の婆どもの口を開く度に内容が別物に変わる幼稚な捏造ストーリーだけをもって人権だの尊厳だのと喚くしか芸がないのですから、メディアを名乗るには余りに稚拙かつ偏執的、盲目的な思想集団に過ぎますよね?

 物証はゼロどころか、反証材料は幾つも有り、残った証言は信憑性絶無という状況で、それでもヒトモドキは被害者だと喚き続けている単なる裸の王様ですし、そんな恥知らずな態度を続けながら謙虚がどうのとかほざいているのですから、このバカどもに改善の余地など微塵だってあるわけがない。

 「多様な議論の発展に貢献したいと考えます」などと言うのなら、最低限主張の根拠となる証拠を示すのが筋ですし、異論としてどんなものがあるのか、何を証拠や論拠としてそういう論理が展開されているのかと語れるようでなければなりませんが、ここまで来ても尚、自分達は正しいと素っ裸で喚くだけの公序良俗を乱す露出狂に望むものなど残りの生涯を豚箱で暮らし、二度と世間に迷惑を掛け無い事だけですよねぇ?
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