徒然な日々に

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08月25日(日)

己の狂士支援を棚に上げ、教育に政治やイデオロギーを持ち込むなとは片腹痛い限り 

24日付けの朝日新聞デジタルの記事から

教科書選び-教委の介入は要らない
2013年 8月 24 日(土)付
 教育には、政治やイデオロギーをもちこむべきではない。

 教科書の採択をめぐり、異例の出来事があった。神奈川県立と東京都立の高校に対し、両都県の教育委員会が特定の出版社を名指しにして、選ばないよう指導した。

 問題にされたのは、実教出版の日本史教科書。指導の結果、選んだ高校は一校もなかった。

 教科書の採択権は教委にあるとはいえ、政治的中立は教育委員会制度の根幹である。行き過ぎと言わざるをえない。

 神奈川では当初28校がこの教科書を希望した。だが県教委は「一部記述が教委の方針と相いれない」と再考を求めた。

 東京都教委は、希望を聞く前に「使用は適切でない」と各校に通知していた。大阪府でも、府教委が「記述が一面的」との見解を府立校に示している。

 3教委が問題にしたのは、国旗と国歌について「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」と書いた一文だ。東京や大阪などで起立や斉唱の命令に反した教員が処分された。そのことを指している。

 この教科書はもちろん国の検定を通っている。それどころかこの一文は検定を経て修正されたものだ。原文はもっとあいまいな表現だったが、「説明不足でわかりにくい」と検定意見がつき、この表現に直した。

 文部科学省は「校長の職務命令に反すれば懲戒処分になりうるのだから、一定の強制性はある。『強制』は必ずしも誤った表現ではない」としている。常識的な解釈だろう。

 事実を書いた記述であって、よいとか悪いとか価値判断を書いたわけではない。事実に誤りがないかぎり自由な記述を認めるのが検定の原則だ。

 教科書を使う生徒や先生にとっては、大事なのは、古代から現代までの歴史全体が正確に分かりやすく書かれているかどうかだ。この教科書を希望していた学校も、国旗国歌の記述で選んだわけではあるまい。

 この一文だけを目のかたきにして採択の選択肢から排除する教委の方がおかしい。

 神奈川の教委は28校の校長に「採択の際に校名が明らかになると、さまざまな団体が来て混乱が起きる可能性がある」と伝えていた。強い不安を覚えた校長もいるだろう。

 教委が政治的な圧力を恐れて判断を左右することがあってはならない。「圧力次第で教育を振り回せる」という誤ったメッセージにもなりかねない。

 教育の中立を守りぬくという原則が問われている。

 ま、一番悪いのは文科省の検定をやっているバカどもですよね。

 これだけ教科書の記述にブサヨが携わっていて問題だらけのロクでもないものが毎回出来上がり、そして毎度非難を浴びているにも関わらず、事勿れ主義でそのデタラメを通過させちゃっているんですから。

 本来であれば命令という形にしなければならない背景として、職務放棄や威力業務妨害をする、イカレた教師がおり、その振る舞いはモラルどころか国旗国歌制定法という法秩序の無視という最悪の犯罪行為があるためと説明がなされていなければ記述の中立性は保たれないし、そもそもソレを記述していることの意味も伝わらない

 執筆することでその教科書を読む子供たちに何を伝え、何を学ばせたいかってことに焦点をおいて執筆がされておらず、洗脳したい、自分達のような腐ったゴミを量産したいというブサヨ特有の腐臭漂う思考がダダ漏れなのに、それを間違っていないと通すんですから、文科省の小役人どもが以下に使えないクズなのか、実によくわかります。

 ですが、バカヒにとってはむしろ書かれては困ることだから、無い教科書が素晴らしい、教育委員会は邪魔するなと喚き散らしているわけです。

 しかしまぁ、だからと言っていきなり出だしの一文で「教育には、政治やイデオロギーをもちこむべきではない」と来るのですから、本当に低脳バカなバカヒらしい社説ですね。

 先程記した通り、そもそも"狂士"による職場放棄や職務命令無視、更には威力業務妨害がこの件では行われていたことがあり、何故狂士どもがそんなことをしたかといえば、軍靴がどうの、植民地がこうの、と、勝手に国歌と国旗を政治やイデオロギーに絡めて嫌悪し、それを教育者という公務員でありながら職場に持ち込んだのが原因です。

 嫌うどころか憎悪さえ抱いておきながら、日本の国民で居続け、あまつさえ公務員として自治体に仕えるなんて真似までしている時点でこの上なく異常ですが、その上に嫌いだから式典で仕事をしません、妨害しますとやってきたわけです。

 まさにトチ狂って精神崩壊をしているとしか思えないレベルですよね?

 で、教育の場にそういうものを持ち込んで意味不明な暴走を重ねるバカどもを散々支援してきたのがこのバカヒ新聞です。

 なのに、教育の場に持ち込むなといきなり喚き出すのですから、低脳バカ意外どう評しろというのかって話だと思いません?

 「事実に誤りがないかぎり自由な記述を認めるのが検定の原則だ」

 まるで日本の教科書は無法を許しているかの如き暴言ですよね?

 教科書とはその名の通り、教えること、学ばせることが目的の材料なのであって、執筆者や出版社のゴミ思想を子供たちに寄生虫の如く植え付けてブサヨを増産するのが目的ではありません。

 だから今回のように無価値な落書きはそもそも削除させるのが正しい判断であって、嘘は書いてないから別に載っててもいいやなんてのは全く教科書というものの存在意義に、趣旨に沿わない。

 そんないい加減で出鱈目なスタンスでやるのであれば、毎年大金を掛けて検定なんてものをやる意味は全くない。

 むしろ国民の目に晒して、実教出版の教科書はゴミだ、内容はデタラメばかりだ、ブサヨ向けの落書きだ、といった具合に一般からの評価をそれこそネットでも使ってやってやった方が余程判断材料になると思いません?

 グラフ式の点数制にでもして総合評価や点数、問題箇所などを洗い浚いにし、それを見て関係者は採用の判断を下す材料にする、とか。

 実際バカヒも「教科書を使う生徒や先生にとっては、大事なのは、古代から現代までの歴史全体が正確に分かりやすく書かれているかどうかだ」と述べており、実況出版の悪意で強制だの喚く内容は実にクダラナイ上にまったく歴史教科書として記述されるのに相応しくない、ただの落書きでしかないことを認めています

 ならば当然、そんな無駄なページを割いて政治思想をゴリ押しするような五流出版社の教科書は排除するようにとの教育委員会の通達は、おかしなものでないとわかります。

 それにしても教育の場に個人的かつトチ狂ったイデオロギーを持ち込んで職務怠慢をやっていたクズどもを散々擁護してきておきなが「教育の中立を守りぬくという原則が問われている」とは、なんとも片腹痛い限りですね。

 やはりバカヒには己を振り返るという、知能は存在しないようです。

 尚、余談ですが朝日は先日「20日付で最高裁判事に就任した山本庸幸」というバカの集団的自衛権に関する個人的な主張を大々的に一面で取り上げ、その異常極まりない行為をしたバカに苦言を呈した官房長官を非難するという真似もしており、教育の中立性どころか三権分立さえも己の都合で平然と踏み躙っています

 ま、そんな無法な言論テロリストですから、紙面の中立中庸なんてのも大嘘だと実によくわかりますね。
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