徒然な日々に

その日の個人的出来事や、見たニュース、記事から思った事、感じた事を徒然と…
09月11日(火)

あぁ赤っ恥…今更過ぎる朝鮮日報のセンス 

9日付けの朝鮮日報の記事から

【コラム】「慰安婦狩り」を告白した日本人
2012/09/09 10:47
 「慰安婦強制連行の証拠はない」と主張する野田首相の発言に憤慨した読者のキム・ウォンテさんが、自身の所有する日本の本を送ってきた。吉田清治という日本人が1972年に書いた手記だった。吉田氏は戦時中、下関で、労働者の徴用機関だった「労務報国会」の動員部長を3年間務めた。吉田氏は、数多くの朝鮮人を強制的に連行して戦地に送ったが、当時の蛮行を悔いて『朝鮮人慰安婦と日本人』と題する本を執筆した。

 吉田氏の証言は、現場を見ているかのように詳細かつ具体的だ。吉田氏は、日本政府の指示を受けて韓半島(朝鮮半島)に渡り、朝鮮人を集めた。警察の護送車を先頭に慶尚北道永川一帯を回り、若い男性を連行したという。当時、吉田氏の一行は朝鮮人を強制的に徴用することを「狩り」と呼んだ。確かに、他人の家に押し入って人を連れていくという行為は、人間狩りにほかならない。

 吉田氏は、朝鮮人男性の「狩り」に対し、さほど罪悪感がなかったと語った。戦争中だったので仕方がないと思ったという。そんな吉田氏も、女性を軍の慰安婦として徴用することには「嫌悪感」を抱き「恥ずかしく汚いこと」と思っていた。戦場の慰安婦がどれほどひどい目に遭うか、吉田氏はよく分かっていた。吉田氏は「(日本軍の)1個中隊が列を作って待っていれば、慰安婦は1人で20-30人の相手をしなければならなかった」と書いた。

 吉田氏に「慰安婦狩り」の指示が下ったのは、1944年の春だった。44年4月3日、「海南島に駐屯する皇軍慰問のための朝鮮人女子挺身(ていしん)隊100人を徴発せよ」という命令書が出された。対象は18歳から35歳まで、月給は30円で、妊婦でなければ既婚者であっても構わないと書かれていた。

 30円といえば安くはない額だが、これが欲しくて慰安婦に志願する朝鮮人女性がいるはずはなかった。だからといって強引に連れていけば、騒ぎになりかねなかった。吉田氏と部下たちは、詐欺を働くことにした。慰安婦ではなく、洗濯・掃除などを担当する雑役婦を募集すると偽ることにしたのだ。最終的に、朝鮮に近い対馬の陸軍病院で1年間働く雑役婦を募集するという「偽の脚本」を書いた。

吉田氏の本には「慰安婦狩り」の手法が4章にわたって記録されている。警察署の刑事を含む4人からなる吉田氏のチームは、下関の朝鮮人徴用者部落を回って「狩り」を行った。月給30円で対馬の病院で働くと宣伝すると、朝鮮人女性が殺到した。誰もが、その金を手にして朝鮮に戻りたいという希望に満ちていた。吉田氏のチームは、割り当てられた100人をわずか1週間で集めることに成功した。18歳未満も10人ほどいたが、指針に従い、年齢を18歳に書き換えた。

 後に吉田氏は「朝鮮民族に対する犯罪を、私は卑劣にも30年間隠してきた」と告白し、謝罪した。吉田氏は、日本メディアにも自分の行為を打ち明けたが、日本政府は事実でないとして取り合わなかった。吉田氏の慰安婦募集は、銃剣の代わりに「わな」を使った、明らかな人間狩りだった。この1冊だけでも、当時の日本による慰安婦強制連行は十分立証されている。「銃を突き付けなかったから強制的ではなかった」と言い張る日本政府の関係者は、この本をしっかり読んでもらいたい。

 吉田氏が募集した慰安婦100人は、4月10日に戦地に向かった。この日、下関港は朝鮮人の女性やその家族で混雑した。「狩られた」女性たちは、自分を待ち受ける過酷な運命も知らぬまま、金を稼いで故郷に戻るという希望を胸に、笑顔の花を咲かせていた。午後1時、2隻の汽船が朝鮮人女性100人を乗せて出発した。目的地は、対馬の病院ではなく、南シナ海の前線にある日本軍の基地だった。吉田氏は埠頭(ふとう)から、いつまでもその光景を見詰めていた。

朴正薫(パク・チョンフン)記事企画エディター

 この朴とやら、一体どんな顔でこの駄文を書き連ねていたんでしょうかねぇ?

 鬼の首でも獲ったかのドヤ顔か、はたまた火病炸裂で悪鬼の如き形相か。

 何れにしてもこんな前世紀の遺物を持ち出してマジな論評とか、痛々しいにも程がありますよねぇ。

 吉田清治なんて、吉見義明ら左翼学者からも当の済州島の島民からも否定され、見捨てられた単なる詐欺師ですよ?

 それを今更持ち出して事実にしようとか、流石はチョウセンヒトモドキの浅はかさですね、滑稽過ぎて腹が捩れそうです。

 そもそも、日本人と同じ徴用の義務が朝鮮人に課せられたのは44年の9月であり、その5ヶ月も前にとか言ってる時点意味不明です。

 「1個中隊が列を作って待っていれば、慰安婦は1人で20-30人の相手をしなければならなかった」との証言も詳細が分からないから確認はできませんが、200人相手で1人20-30人ってことはその慰安所に慰安婦は7~10人しかいないということなんですが…

 一箇所に送るのに100人集めたと言いながら、7~10人で一個中隊を対応って、数字の辻褄が丸っきり合っていないのはどういうことなんでしょうかねぇ?

 まさか、海南島程度の規模の島に10~14箇所も慰安所を設けたとかほざくんでしょうか?

 それと、「30円といえば安くはない額だが、これが欲しくて慰安婦に志願する朝鮮人女性がいるはずはなかった」とかほざいていますけど、当時の貨幣価値を理解しているんですかねぇ?

 以前にも幾度か書いたように、昭和17年11月時点で日本本土の女中の月給が10円って記録があるんですよ?

 通常の給与の3倍であり、兵隊なら下士官クラスが漸く貰える額で、日本本土ですら安くないどころではない額なのですから、朝鮮において慰安婦募集としてその額を聞いた「朝鮮人女性が殺到した」としても別におかしなことではありません。

 もっとも、慰安婦の募集は月収300円以上と謳っている記事が残っており、そちらでは年齢も17歳以上としてますので、年齢を誤魔化してでも絶対に18歳にしなければならないなんてルールがあったとはとても思えないし、30円の看護婦で殺到するんですから、300円の慰安婦募集に朝鮮人女性とやらがどんな反応を示したかなど考えるまでもありませんよねぇ?

 当時日本ではトップクラスの高給取り、朝日新聞社員の主任クラスであっても月収は195円(昭和17年11月時点)であり、その1.5倍と言うのが以下に馬鹿げた額であるかは先ほどの女中の月収などを思い出してもらえれば分かるでしょう。

 ほんの数年前まで合法であり、何万という単位で売春婦がいた韓国

 今尚生存権を返せ、職業の自由を寄越せとデモや記者会見をやっている韓国。

 そんな連中が普通に働いた場合の数年分にもなる月収を目の前に掲示されて無視すると思いますか?

 そんな連中相手にわざわざ嘘をついて、狩りなんて真似をする必要があると思いますか?

 まぁ、既に当人ですら捏造であることを認めているのに、そんな基本情報すら知らずに「「銃を突き付けなかったから強制的ではなかった」と言い張る日本政府の関係者は、この本をしっかり読んでもらいたい」なんて真面目に書いている阿呆どもには理解しろと言っても無理でしょうが(笑

 いやはや、こんな基本的なことさえ確認せずに日本語版まで掲載するのですから、程度の低さがよくわかりますね。
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