徒然な日々に

その日の個人的出来事や、見たニュース、記事から思った事、感じた事を徒然と…
12月09日(金)

予想外?しようとしなかっただけの間違いでは? 

8日付けのウォール・ストリート・ジャーナルの記事から

【オピニオン】米国は予想外の事態に備えよ―真珠湾、イラン、北朝鮮
ウォーレン・コザック
2011年 12月 8日 19:29 JST
 1941年12月7日、アメリカ合衆国は、諜報史上最悪の過ちを犯した--日本軍による真珠湾攻撃である。

 真珠湾攻撃に関して最も驚嘆すべき側面とは、米国が日本の暗号をすでに解読し、日本の通信を傍受していたことだった。アメリカは、海軍を中心に、暗号解読・言語専門家を数百人擁し、日本の無線通信を傍受していた。しかし、それだけでは不十分だった。

 「我々はわかっていた。12月7日の日曜日、ワシントン時間の正午頃に何かが起こるということを」--2年前、私が出席したニューヨーク市での講演で、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官はこう述べた。「問題は、ワシントンの正午がハワイの午前7時頃だということを誰も認識していなかったことだ」

 つまり、当時の米国は、日本との戦時体制下にあり、日本が両国関係に影響を及ぼす大規模な事件を7日に計画しているとの情報を通信傍受から知ったにもかかわらず、太平洋最大の海軍施設、真珠湾への攻撃を予想すらせず、防衛策も取らなかった。

 これは、既成概念に捉われたことによる失敗だった。アメリカは、日本が劣った国で、そのような攻撃に出ることは不可能だと強く確信していた。真珠湾攻撃では、米戦艦8隻、巡洋艦3隻、駆逐艦3隻が損傷を受けたか沈没。188の戦闘機が(ほとんど応戦する間もなく)破壊され、2402名の米国人が犠牲となった。これらはすべて、わずか90分で353機の日本の小型機が成し遂げた。

 当時から遡ること20年、ビリー・ミッチェル少将は、海軍艦隊の空からの攻撃に対するぜい弱性をバージニア沖で証明した。1921年7月、ミッチェル率いる飛行隊は、ドイツから接収された余剰駆逐艦1隻、軽巡洋艦1隻および戦艦「オストフリースラント」を招待者数百人の眼前で撃沈した。

 招待者のなかには、大日本帝国海軍の軍人で日本の外交団随員、永野修身(ながのおさみ)氏が含まれていた。この演習の意味を永野氏は明白に理解した。しかし、第一次世界大戦後の米国は軍拡ムードには包まれておらず、孤立主義が国全体を覆い尽くしていた。

 今日の米軍がベトナム戦争の経験を糧としたように、真珠湾の教訓は1960年代まで米軍に生かされた。真珠湾攻撃から数カ月が経った1942年、カーチス・ルメイ大佐(当時)は、訓練不足の軍隊の実戦配備を余儀なくされ、数百人が犠牲となった。彼は米国が同じ過ちを繰り返すことは避けたいと考え、冷戦の初期段階に、米核戦力の柱となる戦略空軍(SAC)の構築に尽力した。

 第二次大戦当時の米国は1941年12月時点で不足していた陸海空の戦力を2年の歳月をかけて再構築したが、ルメイ大佐は、核戦争の時代にそのような時間的余裕がないことを理解していた。彼は、最初の任務を唯一の任務と考える必要性を兵士にたたき込み、常に臨戦態勢を取るよう教育した。その効果もあったせいか、米ソ間の核の応酬は一度もなかった。

 真珠湾から70年を経た今、米国は、第二次大戦前とかなり似た状況にある。(中略)

 懐疑派は正しいかもしれない。しかし、これと同じように、懐疑派は70年前、日本が米国に挑むような愚行に出るだろうかと考えていた--それはもちろん、真珠湾攻撃によって否定された。

 いきなり最後から入ります。

 「日本が米国に挑むような愚行に出るだろうかと考えていた」とありますが、むしろ愚行であってもせざるを得ない状況に米国自身が追い込んでいたことを理解していなかった点を問題視すべきではないでしょうか?

 屑鉄など資源の多くを輸入に頼っていた日本に対し、イギリスなどとタッグを組んで包囲網を形成してそれらを絶ったのですから…1941年当時の日本に残された道は討ち死にか座して死すかという、死に方を選ぶだけでした。

 特にガソリンなど石油が手に入らなくなったのが決定的で、当時は年々需要が増加するだけでなく、対米依存度が増しており、最終的に7割以上の石油をアメリカから輸入していたのが全て消えた上に、アメリカの裏工作によってサウジアラビアからの輸入交渉も決裂してしまい、1年もすれば江戸時代の生活にまで遡らねば生き残れない状態になるというところまで追い詰められていたのです。

 それでも一縷の望みを掛けて米国との首脳会談を申し入れるなどしましたが、アメリカが拒否し、逆に日本を戦争へと進ませる決定打となるハルノートを突きつけます。

 もはや隷属か死かと突きつけられたと受け取った日本は、最終的に開戦し、東南アジアから白人を放逐して新たなブロック経済圏を確立させることに決めました。

 そして、国力が米国に遥かに劣る日本が米国だけでなくイギリスやオランダ、オーストラリアなどまで敵に回して戦う為の手段として用いたのが、先制奇襲攻撃だったわけです。

 実際、これによってフィリピンのB-17が壊滅し、安全に輸送船団を送り込めましたし、アメリカも戦艦部隊が壊滅的被害を被って戦力の回復まで2年近い時間を取られました

 折角の増援として送り込まれたイギリス戦艦も航空支援が得られず、開戦直後に2隻とも撃沈され、イギリス東洋艦隊の壊滅で十二分な対艦戦闘能力を得られなくなったABDA艦隊も程なく日本海軍によって壊滅させられます。

 マトモにやっても勝ち目が無いからこそ、奇策や奇襲を用いるのであり、戦力に勝ることに胡坐をかいていればそりゃあ足元だって掬われますよ。

 それに真珠湾攻撃で戦艦部隊が壊滅した米海軍自身、空母機動部隊による日本の島嶼基地へのヒットアンドアウェイという奇襲戦法で序盤は日本に打撃を与えつつ、技術と経験を積んで自軍の戦力向上を図っていたのですから、寡兵による戦い方として奇襲はむしろ常道であることを理解していたと思うのですがね?

 まぁ、真珠湾は水深が浅くて魚雷攻撃が出来ない点やハワイが日本から余りにも離れていて遠い上にアリューシャン列島とミッドウェー諸島という哨戒線があるので普通なら接近する前に発見できる点、更にオアフ島自体が多数の飛行場を持っていて水上偵察機なども多数配備され、しかもレーダーまで備えていた点など、本来であれば絶対に奇襲攻撃など許さないはずという安心ならぬ慢心もあったのでしょうが、自ら戦争準備を始め、相手から手を出すように仕向けておきながら、勝手に安全地帯と思い込んで備えを怠ったのは明らかにアメリカの落ち度ですよね?

 それを予想外などと形容しているようでは、また同じ過ちを繰り返すぞと言いたい。

 暗号解読がどうだの、時間がこうだのなんてのは枝葉に過ぎません。

 経済的に追い詰め、しかも中立を装いながら中華民国に支援物資を送る利敵行為を行うのみならず、航空部隊を派遣して実際に日本と戦火を交えていながら、攻撃される事はないだろうと勝手にたかを括っていた代償ですもの。

 加えて国力で遥かに劣る日本が戦いを挑むにはどうするだろうかと考えれば、むしろ奇襲攻撃によって先手を取るなんてのは真っ先に出てくる戦法であり、その際に最も米軍が被害を被り、建て直しに時間を食う場所と言えばそれはフィリピンなどではなく、米軍が何十年も掛けて整備をし、物資を蓄えた太平洋最大の前線基地、ハワイのオアフ島であるなんて誰だって想像できます

 故にハワイ真珠湾攻撃は予想外でも何でもなく、むしろ最も可能性の高い攻撃予想地点でした。

 そして、オアフ島という強大な根拠地へ攻撃を行うとなればミッチェルの話のみならず欧州での航空機の目覚しい活躍からも、航空攻撃が最も相応しいのも誰にでも分かる話です。

 艦隊に壊滅的被害を被り、2000名以上の戦死者を出したのは、アメリカ合衆国の慢心と怠慢が招いた結果に過ぎません

 実際にハワイへの奇襲攻撃の危険性を唱えていた人々だっていたと言うのですしね。 
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この時の大統領、ルーズベルトには同じく大統領を務めた伯父がいて、日露戦争の調停役を担ったと聞きますが、甥とどっちがましなんでしょうね?
[ 2011/12/09 18:56 ] ユーリー [ 編集 ]
 セオドア・ルーズヴェルトですね。

 パナマ運河を完成させ、対日戦争指針であるオレンジプランの礎を創り上げた先見性から軍事センスにも優れた政治家であったのはよく分かります。

 ただ、狂った優越感に基く差別感情は甥に勝るとも劣らぬもので、政治家や軍人としては恐らく甥よりも有能であったと思いますが、人間性・人格という面で見ればどっちも大差はなく、日本人からしてみたらどっちもどっちなんじゃないでしょうか?

 或いは、戦略センスが高かった分だけ甥より性質が悪いと言うべきか…
[ 2011/12/10 02:44 ] folke [ 編集 ]
なるほど、そう思われますか。
開戦の方が急死したときに当時首相だった鈴木貫太郎は哀悼のメッセージをアメリカに伝えたとありますが、すごいですよね。
ドイツのナチスは歓喜したというのに
[ 2011/12/10 18:23 ] ユーリー [ 編集 ]
 大陸への日本の爆撃をあれほど痛烈に非難していたことを棚に上げ、東京など各地へ無差別爆撃を繰り返して民間人虐殺をしていたルーズベルトに哀悼の意を示せるというのは並大抵の判断力ではないと思います。

 元侍従長でお上の意志を理解しやすい立場であったとか、終戦工作に動いていたなどの理由もあるとは思うのですが、それでも1945年4月という状況でドイツのように感情に走らず、それが出来たのは本当に凄いですよね。
[ 2011/12/10 21:23 ] folke [ 編集 ]
本当にそう思います。
東条の後にこの人を選ぶべきだったのに なぜ元老たちは小磯を据えたんでしょうね?
もともと閑職にあったというのに
[ 2011/12/10 22:54 ] ユーリー [ 編集 ]
森内閣が誕生したのと似て、混乱の中で有り得ない人事が 一部の人間の都合でされたって感じですよね。

そういったお偉方の先を見ない行動の積み重ねが戦争、そして敗戦を招いたと思うと、実にやりきれません。
[ 2011/12/11 13:00 ] folke [ 編集 ]
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