徒然な日々に

その日の個人的出来事や、見たニュース、記事から思った事、感じた事を徒然と…
07月09日(土)

下種の濁った眼では簡単な矛盾も見えない 

8日付けの朝鮮日報の記事から

「南京で最低30万人殺害」 日本の機密公電収録
2011/07/08 09:36:31
中国『南京大虐殺史料集』を刊行

 「特別情報:信頼できる目撃者による直接の推算と信頼できる人物の手紙によると、日本軍が犯した行為と暴力はアッティラ王と匈奴(きょうど)を連想させる。(編注:5世紀に東欧一帯を征服したアッティラ王は匈奴の子孫とされるフン族の王)少なくとも30万人の民間人が殺りくされ、多くは極度に残酷で血なまぐさい方式で殺害された。戦闘が終わって数週間がたった地域でも、略奪や児童強姦(ごうかん)など民間に対する残酷な行為が続いている」

 1937年に日本軍による南京大虐殺が起きた直後の38年1月、日本の広田弘毅外相が在米日本大使館に宛てて送った機密公電の一節だ。

 また、虐殺の事実を隠すため、日本軍が南京駐在の西側外交官を呼び、飲食や公演などの接待を行ったとの記録も含まれている。この公電は、今月6月に最終巻が発行された中国の『南京大虐殺史料集』に収録されている。

■日本軍部の組織的指示

 7日付中国青年報など中国メディアによると、史料集は江蘇省社会科学院歴史研究所が過去10年間、全世界から集めた南京大虐殺に関する莫大(ばくだい)な一次資料の集大成で、全78巻(本体72巻、付録6巻)、合計4000万字から成る。

 今回の史料集は、史記(50万字)の80倍、資治通鑑(300万字)の13倍に当たり、中国の歴史書としては異例の規模だ。資料集には南京大虐殺が日本軍部の組織的な指示によって行われたことを示すさまざまな史料が含まれているという。

■水たまりに遺体の山

 当時の日本軍による残酷行為を報じたイタリア、旧ソ連のメディアの報道も初めて発掘され、軍上部による虐殺例があったという当時の日本軍将校、兵士の日記や証言も大量に収録された。ある兵士は「杭州から南京に至る道の周囲の水たまりには遺体が山のように積み上げられていた」という記録を残した。同研究所は、1946年から48年にかけ行われた戦犯裁判当時の検察の公訴記録、弁護人の反論を記した弁論記録なども収録し、事件に対する客観的な判断を可能にしたと説明した。

 史料集の編さんに向け、中国は2000年代初めからチームを構成し、世界各国で調査を進めた。

 調査チームは、米国立公文書記録管理局、米議会図書館、スタンフォード大フーバー研究所、日本の外交史料館、防衛省戦史研究室のほか、英国、ドイツ、デンマーク、イタリア、ロシアの外交文書保管施設もくまなく調べた。

■日本側、資料の撮影拒否

 収録された資料は、中国語だけでなく、英語、日本語、ドイツ語、デンマーク語、イタリア後、ロシア語など多彩だ。資料の考証、編集に投入された専門家は100人に達するという。江蘇省社会科学院歴史研究所の王衛星研究員は「日本で資料を調査した際、日本側は写真撮影やコピーを禁止し、全部書き写すのに手が腫れ上がるほどだった」と話した。中国は2年後をめどに、史料集の重要内容をまとめ、一般人も容易に読むことができる『南京大虐殺全史』を刊行する計画だ。

 編さんチームは、今回の史料集完成により、日本の右翼勢力がこれ以上南京大虐殺を否定したり、歪曲(わいきょく)したりするのは難しいとみている。日本の学界は、南京大虐殺を事実として認めているものの、当時の死者数が最大でも20万人を超えないとみており、学者によっては2万-4万人と推定している。

 史料集の編さんを担当した張憲文・南京大教授は「今回の史料集発刊で、多くの歴史的事実がはっきりした。正しい教育で中日両国の若い世代が友好的な関係を構築する上で役立つことを期待している」と述べた。

 中国社会科学院世界史研究室の湯重男教授は「史料集完成は今の世代の功績だが、その利益は千秋にわたり残るだろう」と評した。

 中国人にとって都合の良い話を集めただけのもので証明だの、事実だのと吹聴されてもねぇ?

 ましてや朝鮮人がそれをまことしやかに記事にしても、間違いや失態だらけでむしろ胡散臭さを一層醸成させているだけなんですけど、程度の低い彼らにはそれすら分からないようで。

 例えばこの記事、元は上下に分かれているんですけど、上の最後には百度(中国の違法行為万歳な検索サイト)から持ってきた虐殺の証拠写真、下にはこれまた百度から持ってきた『南京大虐殺』の説明が掲載されているんです。

 「1937年に中国・南京で日本軍が中国人の遺体を眺めている」と説明が記されているその写真は、出自不明な上に日本軍の装備が明らかに違う不自然極まりないことで有名な写真で、説明からも分かるようにそもそも虐殺の証拠ですらない写真を中国の違法万歳なサイトから持ってきて掲載しており、下の説明にしたって中国側の言い分をのそのまま掲載しているだけです。

 肝心の「広田弘毅外相が在米日本大使館に宛てて送った機密公電」とやらにしたって、実際にはティンパリー記者の記事を転電しただけで本人が誰かから聞いたわけでも、確認を取ったわけでもないのはもはや有名な話であり、今更こんなものを事実だと捏造しているようでは他の資料の精度も知れたものです。

 もし仮に、南京の守備隊全てを捕まえて皆殺しにしていたとしても9万人程度なのですから、30万人以上を殺すとなれば民間人を20数万人も殺さねばなりませんし、ペースも毎日7000人以上は殺さねば、6週間程度で30万人殺害には間に合いません

 しかし、日本軍は12月17日に入場式を行い、翌日には慰霊祭を実施、そして21日には各兵団は場内から撤退し、23日には南京自治委員会の設置と占領直後から非常に多忙なスケジュールで動いており、とてもではありませんが毎日1万人以上の虐殺なんて馬鹿げたペースでやっていけるような状態じゃないんですし、安全区への避難者は1ヵ月後に逆に5万人も増加しているため、そう考えると当時の南京には民間人だけで25万+虐殺されたはずの20数万人で、ざっと50万人程度はいたことになってしまう

 加えて、その計算で行くと日本軍に2人に1人が殺されている状況であるにも関わらず、南京の中国人は日本兵相手に商売をしたり、談笑したりと平然と共生していたとなる

 これに関しては出自のハッキリした本当の一次資料と呼べる多数の写真が証拠として残っていますからね。

 当時の日本軍将校、兵士の日記や証言というのも、怪しいですね。

 例えばそれが何時書かれた、述べられたものかという点。

 中帰連が捕虜になってから、或いはその後というのでは何の信憑性もありませんし、作戦の内容を満足に知らない下っ端が思い込みで記したり述べたりというようなケースだって十分に考えられる。

 入場式までの期間が短かったために、便意兵の捕縛から処刑を許可する掃討へと命令が推移したことは命令書などが残っているので、その過程による死者を虐殺と呼ぶことは出来るでしょうが、占領地政策を実施せねばならない敵国の首都で無意味な、それも数十万人規模の大虐殺などやったところで日本には何の得も無いどころか、国際世論を敵に回すし、中国人からの反発も招いて占領政策そのものも危険に晒されるのですから、やるわけがない

 普通は逆に食糧援助や医療施術などの慰撫を行うものであり、先程記したように住民と歓談したりする日本軍兵士の写真は多数残っているのですから、こんなものを未だに事実化しようとすることが無謀なんですよ。

 実際、編纂をした教授自身が「今回の史料集発刊で、多くの歴史的事実がはっきりした」と都合の良い資料集めを行って、都合の良い事実を構築しただけであると認めているじゃないですか。

 ま、独裁体制化で必要なのは都合よく歪められた事実であって、自らの立場を危うくする真実は邪魔なだけですもんねぇ?
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