徒然な日々に

その日の個人的出来事や、見たニュース、記事から思った事、感じた事を徒然と…
05月13日(金)

地裁は検察の自爆オチ 

12日付けのasahi.comの記事から

あたご無罪判決、地裁が独自に航跡認定 検察の主張否定
2011年5月12日5時1分
 海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船・清徳丸と衝突し、清徳丸の父子が死亡した事故で業務上過失致死などの罪に問われた2自衛官を無罪とした11日の横浜地裁判決。その特徴は、裁判所が独自に衝突までの両船の航跡を描き、漁船側に事故の原因があったと結論づけたことにある。

 航跡はどのようなものだったのかが裁判の焦点だった。検察側の主張した航跡は、「あたご側の見張り不足が事故の原因」とした海難審判の裁決で認定された航跡とほぼ同じだった。

 判決はまず、その検察側主張の航跡を否定した。

 検察側は、海上保安官の作った航跡を前提に、清徳丸とともに漁場に向かっていた僚船乗組員とあたご乗組員の目撃証言から航跡を推定していた。最大の根拠は、清徳丸が「自船の左前7度」にいたとする僚船乗組員の供述調書だったが、公判では検察側が示した航跡図が、根拠となった僚船乗組員の供述調書の2カ月前に作られていたことが判明。証人出廷した捜査主任の検事は「供述は航跡図を作る前からあった。洋上検証で航跡を確認してから調書にまとめるよう指示した」と釈明した。

 さらに、調書には「7度が印象に残っていたのは、印がレーダーの目盛りのそばにあったから」とする表現があったが、出廷した捜査主任検事の説明によると、実際には「7度は漁師の感覚だ」と話した乗組員に、検事が「文案」として提案し、書き加えたものだった。

 判決はこうした説明に言及して「『7度』は信用できない。別の方法で特定した航跡に沿うよう、恣意(しい)的に供述を使った」と述べ、検察側主張を退けた。

 また公判では、第3管区海上保安本部が取り調べで描かせた位置関係図を破棄していたことや、証拠資料の作成日について事実と異なる記載をしていたことも問題になった。

 一方で判決は、弁護側の航跡には一定の理解を示した。現場に複数の船がいたことを踏まえた別の僚船乗組員の証言を重視し、「清徳丸を別の船と勘違いしている」と船名を読み替えて独自に航跡を推定した手法について、「船名の読み替えは客観的状況と一致する」と支持。証言の正確さには限度があるとしたものの、弁護側の主張に近い航跡を認定した。

 そのうえで、判決は僚船乗組員の証言や被告の自衛官の説明を組み合わせ、独自に航跡を認定した。

 それによると、清徳丸はあたごの右側から接近。衝突約3分前まで、直進すればあたごの後方を500メートル以上離れて通過する針路を取っていた。ところが、そのころから清徳丸は何らかの理由で2度にわたって右旋回。あたごと衝突の危険が生まれた。

 あたごは後進し、汽笛を鳴らし信号探照灯で清徳丸を照らしたが、清徳丸は回避動作をとらず、あたごもすぐに停船できぬまま衝突--。判決は、その認定に沿って、原因は清徳丸側にあり、あたご側には海上衝突予防法に基づく回避義務が生じていないから、操船責任者だった2自衛官の法律上の過失はなかった、と結論づけた。

 海難審判は原因究明と再発防止が目的で、海難審判理事所(制度改正で現在は海難審判所)が調査し、審判を申し立てる。一方、刑事裁判は個人の刑事責任追及が目的で、裁判では強制捜査権もある海上保安庁と検察が海難審判とは別に証拠収集する。海難審判は裁判に先行して行う慣例があるが、結論は拘束されないという。

 海難事故の裁判に詳しい大塚裕史・神戸大学大学院法学研究科教授(刑法)は「海上では自動車事故と違い痕跡が残らず、航跡特定が難しい。検察の立証はずさんと言うほかないが、船舶事故の裁判で主張がここまで対立し、証拠が厳密に吟味される例自体が珍しい」と話す。さらに、判決が独自に航跡を認定したことについて「証拠から最低限推定できる範囲を示したもので、説得力がある」と評価した。

 しかし、ある検察幹部は「立証がおかしいから有罪と言えないというだけならわかるが、裁判所が自ら事実認定をするのは理解できない」と述べ、清徳丸側に原因があると踏み込んだことに異論を挟む。

 別の検察幹部は「とにかく調書を作ってしまえばいいんだという意識があったのならば、今の検察を取り巻く問題に通底するものがある」と自重。「公判で証言内容をひっくり返されても、きちんと反論ができるだけの捜査を尽くすことが必要だ」と話した。

 「再発防止を目的とする海難審判と、(刑事責任の有無を判断する)横浜地裁の判断とは別」。海難審判所の宇田川英寿総務課長は判決後の取材に「もうこちらの手を離れたことであり、内容についてはコメントできない」とだけ語った。(太田泉生)

 記事中、自動車事故との違いについて言及しているところがありましたが、自動車事故が基本的に停車中の車へ突っ込んだというようなケースで無い限りは双方に一定の非があるとなるのに対し、この事件では当初より「あたご」側にだけ非があるかのような報道がなされ、それに同調する世論がありました

 漁船側が沈没し、船員2名ともが幾重不明になった事も有り、感情論だけでの非難が相次ぎました。

 しかし、船団の他の船は全て回避して衝突をしていないのに、ただ一隻だけ衝突していた事、それも遥かに小回りが効く小型船がその船腹を真っ二つにされる形で、という不自然さを無視したそのあり方に私は当初より非常に強い疑問を抱いていました。

 とは言え肝心の漁船は沈没してしまって証拠は残らず、船員2名も行方不明となって確認が出来なかった上に「あたご」側も当直の交代などの混乱が重なり、おまけに早朝で視界も不明瞭と、状況の悪さも重なりました。

 その結果、記事に記されているように漁船側の航路すらハッキリしない。

 検察はその不鮮明な状況を利用して陥れを画策したようですね。

 現状でこんな馬鹿げた真似をすれば、有罪への証拠にならないどころか、むしろ無罪への道程を自ら切り開くようなものです。

 元より漁船側の衝突前の行動には不自然と言うか不可解な点が多く、記事にもあるようにそのまま直進していれば衝突の危機が無かったのにも関わらず、自ら「あたご」の前に出るような旋回…

 実際、記事最後に出てくる海難審でも、事故の主因は「あたご」側となりましたが、漁船側にも警告信号などの不備について一定の非があると判断が下されています

 記録や証言を見ても衝突を解する為の努力という点で、「あたご」側は警笛やスクリューの逆回転による後退などの努力をしていましたが、一方で漁船側にはそうと言えるものが何も無かった

 そもそもが基準排水量7750t、満載排水量1万tもの巨艦が、低速とは言えそう簡単に止まれるわけが無いし、逆に僅か7.3tそこいら、100分の1しかない漁船が何故回避動作を取らなかったのか?

 当時の記事を確認してみても、親子が揃って居眠りでもしていたのではないかという不自然さがあります。

 前方を行く船からの巨大な船が近づいているとのレーダー情報を受け、船団内で交わされた会話に参加していないし、何故か自ら「あたご」の前に躍り出る不自然な旋回をし、遭難信号の発信や衝突前後に無線連絡も結局無いままだったなど。

 この状況で「あたご」の船員側だけに一方的な罪を背負わせるような真似はどうなのかと。

 今回の無罪判決が正しいかどうかは分かりませんが、少なくとも、検察側の自爆による当然の帰結であったことは間違いないでしょうね。

 asahi.com『漁船団、迫る艦船に「危ない」 無線に清徳丸は反応なし』
 http://www.asahi.com/special/
080219/TKY200802200006.html
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