徒然な日々に

その日の個人的出来事や、見たニュース、記事から思った事、感じた事を徒然と…
02月02日(火)

妄想史の共同研究 

1日付けのasahi.comの記事から

日中歴史認識、溝は埋まらず…共同研究委報告書
 日中両国の有識者による「日中歴史共同研究委員会」(日本側座長=北岡伸一・東大教授)は31日、報告書を発表した。焦点となった近現代史では「南京事件」(1937年)の犠牲者数を日本側が「20万人を上限」、中国側は「30万人余り」とするなど戦前を中心に歴史認識の隔たりは埋まらなかった。

 1945年以降の現代史は中国側の要請で公表を見送った。委員会は今後、委員を入れ替えて第2期研究に着手する方針だが、作業は難航が予想される。

 報告書は約550ページで、「総論」のほか、「古代・中近世史」と明治維新前後~45年までの「近現代史」を対象とした「各論」で構成。各論は双方の委員が個人の立場で執筆した論文を掲載し、両論併記の形を取った。

 旧日本軍による中国国民政府の首都・南京攻略時に起きた南京事件について、日本側は「日本軍による集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦(ごうかん)、略奪や放火も頻発した」と認定した。ただ、犠牲者数は「20万人を上限として4万人、2万人など様々な推計がなされている」と指摘。「副次的要因」として中国軍の民衆保護策の欠如なども挙げた。これに対し、中国側は「中国軍人が集団的に虐殺された」と強調。犠牲者数は中国の軍事裁判の認定を引用して「30万人余り」とした。

 満州事変については中国側が「侵略」と断じた。日本側はきっかけとなった南満州鉄道(満鉄)爆破事件(31年)を関東軍の「謀略」と明記したが、当時の政府は追認せざるを得なかったとした。日中戦争では日本側が発端となった盧溝橋事件(37年)を「偶発的」としながらも、「原因の大半は日本側が作り出した」と認めた。中国側は「全面的な侵略戦争」とした。

 一方、文化大革命(66~76年)や天安門事件(89年)などを含む45年以降については、中国の現政権批判に直結しかねないこともあり、中国側が公表見送りを強く求めた。委員会は2006年10月の日中首脳会談で設立に合意した。
(2010年1月31日20時17分 読売新聞)

 今回はこの無意味どころかむしろ害悪な共同研究の最も酷い南京戦部分を見てみましょう。

【南京事件】
 日本側 日本軍による捕虜、敗残兵、便衣兵(ゲリラ)、一部の市民に対する集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦(ごうかん)、略奪や放火も頻発した。被害者数は日本側の研究では20万人を上限として、4万人、2万人など様々な推計がなされている。原因について、日本側に捕虜の取り扱いに関する指針や占領後の住民保護を含む軍政計画が欠けており、軍紀を取り締まる憲兵の数が少なかった点などが指摘されている。副次的要因としては、中国軍の南京防衛作戦の誤りと、それに伴う指揮統制の放棄・民衆保護対策の欠如があった。

 中国側 南京軍事裁判所は南京大虐殺で虐殺された人数は19万人以上にも上り、ほかにも散発的に虐殺された者が15万人以上おり、被害者総数は30万人余りと認定した。極東軍事裁判(東京裁判)の判決書によれば、占領後1か月で、南京城内では2万件近い強姦事件が発生した。日本軍は捕虜の数が多すぎて安全面を憂慮し、大量の中国軍人が捕虜になった後、集団的に虐殺された。民間人虐殺の暴行も猛威をふるった。(ある地域の)サンプリング調査によると民間人1000人あたり29人が死亡し、7世帯あたり1人が殺害されている。

 お分かりになるでしょうか、如何に日中双方が出鱈目な記述を繰り返しているか。

 虐殺に強姦、略奪や放火が頻発とあり、挙句は占領後の捕虜の扱いや住民保護に関する軍政計画が掛けているともうこれでもかと、何を論拠にしているのか意味不明な記述の列挙です。

 そもそも、そんな統制の取れていないソ連兵の如き野蛮人の群れであったなら、何故日本軍は攻撃に際して投降勧告を行い、猶予を与えたのでしょう?

 ましてや、当時の朝日新聞などを読めば分かるのですが、捕虜が万単位で出ることから飯を食わせるのに茶碗が足りないという話が載っていたり、二度と軍人として復帰しない事を条件に捕虜をその場で解放した話などが幾つもあります。

 では、何故南京では捕虜の虐殺があったのか?

 当時の南京には日本側の執筆者も認めざるを得なかったように陥落後も抵抗を続ける敗残兵のみならず、軍服を脱いで潜伏する便衣兵と呼ばれるゲリラもおり、陥落の僅か4日後に予定されていた入場式までにそれを掃蕩せねばならなかったのですが、当然ながらそんな短い期間では進展著しくなく、途中で敵兵の捕縛から怪しい者の殺害へと命令が変遷しているのです。

 戦死者に加え、このような形での処刑に区別が付かなかった事から巻き込まれた民間人が避難区の20万余の中に幾らかいたであろうわけです。

 ここら辺の話はこれまで幾度も書いてきた通りであり、蒋介石軍兵士が便衣兵となって潜伏した事を示す南京陥落直後の証拠映像が残っていますし、怪しい人間を纏めて連行しようとする日本軍から、自分の知り合いの中国人を助けた朝日新聞記者らの話もあります。

 実際、歩兵第七連隊の記録には12日間に渡る掃討で6670名の敗残兵を殺害したとあり、軍人の戦闘又は処刑はあった事が記録されていますが、一方で非戦闘員を意図して殺した事を実証するようなものは何もありません。

 しかもこの敗残兵掃蕩の際には外国権益や民間人への配慮や失火や放火への注意を命じており、違反者への厳罰も通達されている中で、果たして個人或いは一部の部隊が軍を抜け出して強姦だの虐殺だのと明け暮れている余裕があったと思えるでしょうか?

 無論、どんな組織だって規模が大きくなればなるほど中に悪貨が混りやすくなりますから、絶対にゼロであったなどとは言えないでしょうが、逆に軍はそういう危険性を理解していたからこそそれを禁じる命令を出していたわけであり、そんな中で何万もの民間人殺害や強姦など、都市占領にマイナスとしかならない行為に明け暮れる意味が一体何処にあると言うのか?

 皇族の朝香宮鳩彦王中将も出る入場式前に、わざわざ住民感情を悪化させて危険を招くだけの行為に日本軍が明け暮れるわけがありません。

 そして、中国側の主張に至ってはもう、相手にするのも何時もながらバカらしい限りです。

 「民間人1000人あたり29人が死亡し、7世帯あたり1人が殺害」って、それじゃあ総計34万人を殺害したと言う南京及びその周辺地域には一体どれだけの人間がいたと言うのか?

 死傷率3%未満で34万人で計算すると、凡そ1122万人、238万世帯の民間人が戦争の最中であるにも関わらず南京及び周辺地域にい続けたという話になります

 兵士を34万人中4万人と仮定して削除しても約1000万人の民間人がいた計算になるのですから、南京周辺地域はとてつもなく栄え、戦火に巻き込まれ、大勢の同胞が虐殺や強姦にあっている状況でい続けたってことになるわけで…

 しかも、そんな日本軍が暴れ回っている最中にわざわざ南京の避難区へ1ヶ月で5万人もの中国人が入っていったと言うのですから、どんだけ中国人は愚鈍なんだよと

 1ヶ月で2万件の強姦と言うのも笑える話で、攻略戦参加の総兵力が12万人ですから、6人に1人は強姦に参加していたという余りに出鱈目な計算です。

 かつて紹介したように、日本占領直後に暴れまわった米兵ですら一月では500件ほどの犯罪がやっとだった(ただし、あくまでも特高が解散させられるまでに収集した件数なので、実際にはもっと多い可能性がある)んですよ?

 しかも、先程記したように敗残兵や便衣兵の掃蕩を大々的にやっている最中の僅か1月の間に強姦だけで2万件など、常識の埒外もいいところです。

 蒋介石による毎月10万ドルに上る宣伝費用の効果と、その後の中華人民共和国による嘘も繰り返せば…の結果がコレなんですから、実に凄いものですよね。
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