徒然な日々に

その日の個人的出来事や、見たニュース、記事から思った事、感じた事を徒然と…
11月21日(土)

どうやって連れて来るんだか教えろと 

20日付けのMSN産経ニュースの記事から

「日本は840万人誘拐」「拉致で満足いく説明ない」 日朝代表、国連で激論
2009.11.20 13:35
 【ニューヨーク=松尾理也】「840万人もの朝鮮人を誘拐しておいて、日本は人権についてとやかくいえる立場ではない」。国連で19日、日本などが提案した対北朝鮮人権非難決議案の採択を受け、北朝鮮代表が日本を口汚くののしる「反論権の行使」を行い、日本代表も「(日本人拉致について)北朝鮮は調査を約束しておきながら具体的な行動は何もしていない」とやり返す一幕があった。

 北朝鮮の朴徳勲国連次席大使はまず、日本による戦前の強制連行として北朝鮮が主張する840万人という数字や、同じく従軍慰安婦として主張する20万人という数字を挙げ、「日本に人権について語る資格はない」と攻撃。その上で、「13人の日本人拉致被害者については必要なすべての説明をしており、問題は解決済み。日本はうそを言っている」と開き直った。

 これに対し、日本の奥田紀宏国連次席大使は「日本政府は17人の被害者を認定しているが、帰国したのは5人のみ。残りの12人については満足いく説明はない」「拉致の可能性が排除できないほかの複数のケースもある」と反論。「北朝鮮側ができることはすべてやると述べるのを何度も耳にしたが、具体的な行動は一切行われていない」と厳しく非難した。

 これに対し、朴次席大使は机をたたき激高、「17などという数は知らない。拉致された日本人は13人であり、そのうちの生存者はすべて帰国している。だいたい日本は調査を行えば制裁を解除すると約束しながら逆に制裁を強化している」とやり返した。

 決議案が採択された国連総会第3委員会(人権)では、決議に関係する国に「反論権」が認められている。北朝鮮の人権決議の採択は5年連続だが、委員会で日朝は毎年のように応酬を繰り返している。

 まったく、本当に朝鮮人って生き物は愚か過ぎて度し難いですね。

 戦前に840万人の朝鮮人を日本に拉致?

 戦前の日本と言えば自国内ですら食い扶持の確保が満足に出来なくて南北米大陸や満州などに移民を推進していた時代ですよ?

 そんな時代に840万人もの朝鮮人を日本本土に入れてどうやって生活を維持させると言うのか?

 因みに、日米が開戦した1941年の米の国内生産高は6087万トンであり、全然足りない為に1410万トンも輸入しています

 この時の人口が7221万人ですので、凡そ1人当り年間1トンの米を消費していたという計算ですね。

 まぁ、パンやラーメンなどがろくに無い時代の食文化ですから当然と言えば当然なわけですが、こんな状況で840万人もいきなり人口が増えたらどうなるかなど、言わずともわかりますよねぇ?

 ましてや日米開戦の時点ですら2000万人を超えた程度(1940年に半島にいた朝鮮人は2370万人)の朝鮮人を840万人もそこから引っこ抜いていたら人口は一気に1/3まで減少するんですが、朝鮮の人口は減る事など一度もなく、1910年から増加し続け、最後には倍にまで膨れ上がっている(1910年に1312万人だった半島の朝鮮人の人口は1942年には2552万人になっている)だけです。

 第一、日本のサヨク連中だってそんな誇大な数字は挙げていませんよ、現実性が無さ過ぎるから。

 そもそも日本人の義務であった勤労を強制連行とか、自分達の犯罪行為である拉致と同列に並べられてもねぇ?

 どうせですからこの際、国家総動員とはどんなものであったかを知る一助として、『勤労挺身隊』の状況を見てみましょう。

 1944年8月23日、戦況の悪化に伴って政府は『女子挺身勤労令』を出します

 これは男性が赤紙で戦場に徴発されるのと同じ召集令状であり、「14歳以上の未婚女性でこれを受けたら1年間命じられた職場で勤務をせねばならない」というものでした。

 令状逃れなど違反者には「1年以下の懲役、又は1000円以下の罰金」と言う非常に重い罰が待っていました。

 因みに、岩波写真文庫101『戦争と日本人 -あるカメラマンの記録-』に昭和17年11月の朝日新聞出写係主任の家計簿が載っているのですが、7人家族で家賃が30.5円、月給140円、主任手当て他雑収入55円とあり、金持ち大新聞の主任の給与であっても半年分近い額に登る事から如何に1000円が大金か分かる(尚、そこには出費として雇っている女中の給与も載っていたのですが、何とそれは10円です)でしょう。

 因みにこの『女子挺身勤労令』は日本、台湾、そして朝鮮で適用されています

 日本人としての義務として日本の領土に布告されたわけですね。

 このような対応をする国が840万人も半島から朝鮮人を国内に連れてくる必要が、一体何時の時点であったと思いますか?

 また、そんな膨大な人員をどうやって連れて来てたと言うのか?

 例えば戦前に造られた日本郵船の豪華客船『浅間丸』(16,975トン)は乗客数839名であり、バシー海峡で撃沈された際に輸送していた兵員数(文字通りの寿司詰め状態)でさえ精々その倍に過ぎず、840万人も日本に送ろうとしたらどれ程の数の船を用意して、どれほど往復を繰り返せばいいのかなんて見当も付きませんよ

 是非とも北朝鮮にはその膨大な人間の輸送方法や養い方を教えて欲しいものですが、ま、2300万人の食事すら満足に養えない低俗な国に、億規模の国の運営法なんて問う事自体無茶な話ですね。

 帝国書院HP 『外地における内地人、現地人、外国人別人口』
 http://www.teikokushoin.co.jp/statistics/
history_civics/index02.html

 中野文庫 『女子挺身勤労令』
 http://www.geocities.jp/nakanolib/
rei/rs19-519.htm
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