徒然な日々に

その日の個人的出来事や、見たニュース、記事から思った事、感じた事を徒然と…
11月17日(火)

大馬鹿者達の狂奏曲 

16日付けのMSN産経ニュースの記事から

「独善的」発言でキリスト教連合会が小沢氏に撤回要求の抗議文
2009.11.16 19:19
 民主党の小沢一郎幹事長が高野山・金剛峰寺(和歌山県)を訪ねた際、キリスト教について「排他的で独善的な宗教だ」と述べたことについて、日本キリスト教連合会(山北宣久委員長)は16日までに、発言撤回を求める抗議文を小沢氏に送った。

 抗議文は「小沢氏の発言は一面的で、それこそ『排他的』で『独善的』だ。責任政党幹事長の言葉として、その見識を深く疑う」としている。

 16日の記者会見で小沢氏は自らの発言の真意について「私は宗教論と文明論を言った」と前置きしたうえで、「死ねば皆、煩悩がなくなるから仏様だ。みんなが神様になれる宗教が他にあるか? 基本的な考え方が違うということを僕は言っている」と説明した。

 小沢氏は、キリスト教連合会からの抗議文についての感想は述べるのを避けた。

 これだからバカは…

 前回この話題を取り上げた時に、『蜘蛛の糸』について触れましたよね?

 あの話のように、仏教にだって仏になれない人間がいて、生前の罪の重さや内容毎に様々な地獄へ落とされて償わされるという仕組みがあります

 なので、死ねば皆仏様だなどと言うのは宗教論として語るなら大間違いもいいところです。

 亡者としてそれぞれの地獄で罪を償わされ、償い終わったら輪廻転生ですから、仏の世界に行く事は無いですもの。

 それに宗教なんて基本骨子は何処も似たようなもので、キリスト教にもやはり最後の審判で死者が裁かれ、永遠の命を得るものと、地獄に落とされるものとに分かれるという概念が存在します。

 単に死んだら善人も悪人も無くその安らかなるを願うのが仏教だとかってんなら分かりますが、他宗教批判の為の宗教論として用いるなら全然話は違いますよ。

 第一、死ねば皆仏様であり、神様だ、対等な存在なんだと言うのなら、現在お前は何で靖国神社でその神様仏様に勝手な差別を行ってA級戦犯の魂は追い出せなんて言ってるんだと

 靖国神社は神教だから独善的かつ排他的に死者を差別しても許されると、死ねば皆神様だなんて言う仏教礼賛者が言うつもりですかねぇ?

 まぁもっとも、全日本仏教会にしても「信教の自由・政教分離・戦争放棄」に反するからと靖国神社への首相や閣僚の参拝に批判の声を上げていますが。

 こっちはこっちで突っ込みどころ満載ですけど、簡単に言って靖国神社への参拝が上記の憲法抵触だと言うのならば、当然ながら戦争への賛成・協力をした仏教への関与もまた、レベルに関係なく上記憲法への抵触だから総理や閣僚などの人間は在職中一切の接触禁止って事になるんで、初詣は勿論、葬式や結婚式という大事な行事さえも出来なくなるし、参加さえできなくなるって分かってませんよね。

 このように自らを例外視し、他宗教に対してのみ憲法を理由に関与を否定する仏教の行為は独善的で排他的だとは思いませんか?

 来年もし、首相や閣僚などがSP連れて公用車で初詣に出かけたら、その時は全日本仏教会に対して「先の戦争に賛同していた仏教への参拝は信教の自由・政教分離・戦争放棄の原則に著しく反する行為であり、そのような真似を許した日本仏教会へ激しく抗議する」とかって書簡でも送りつけてやりましょうかねぇ(2009年7月24日、全日本仏教会HP『首相及び閣僚の靖国神社公式参拝中止の要請』には「一宗教団体である靖国神社に首相及び閣僚が公式参拝することは、どのような形式をとりましても、憲法に定める「信教の自由・政教分離」の原則に違反することは疑いの余地がございません。」とある)、まったく。

 これが現在の日本仏教の文明レベルであり、到底他と比べて優れているだの寛容だのと言えるほど大層なものじゃ無く、むしろ十二分に独善的で排他的である事がわかるでしょう。

 しかしまぁ、悪党ってのは罪を幾ら重ねてもホント、平然としていられるものですよね。

 全日本仏教会HP『首相及び閣僚の靖国神社公式参拝中止の要請』
 http://www.jbf.ne.jp/2009/07/post_113.html
スポンサーサイト
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

folke

Author:folke
怠惰な社会人。
画像はウチのトイプードル(ウサ耳Ver)

月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム


folkelowさんのランキング集計結果