徒然な日々に

その日の個人的出来事や、見たニュース、記事から思った事、感じた事を徒然と…
09月28日(月)

中共には関係無い話 

26日付けのMSN産経ニュースの記事から

新たな抗日記念館オープン 中国南京市
2009.9.26 20:49
 中国国営新華社通信によると、抗日戦争で戦死した中国国民党の空軍パイロットや、対中支援のため参戦し死亡した米軍などのパイロットらの功績をたたえる「南京抗日航空記念館」が26日、中国江蘇省南京市にオープンした。

 旧日本軍による南京占領から70年の2007年12月13日には、南京大虐殺記念館が面積を拡張して再オープンしており、新たな抗日記念館開館で南京の「愛国主義教育基地」としての機能が強化される。

 抗日航空記念館の建築面積は約2千平方メートルで、「勇猛抗戦」「国際支援」など四つの展示室を設置。当時の空中戦の状況について紹介しているほか、パイロットの遺品も多数展示されているという。(共同)

 でもこれ、本来中共には関係無い話ですよね…

 記事にもあるように当時日本が相手にしていたのは中華民国の空軍と、それに中立を無視してアメリカ陸軍航空隊であって、ゲリラ戦やってた共産党じゃありませんから。

 因みに、事変では日本の爆撃に関する用兵術が確立されておらず、戦闘機の援護も無いままに基地へ突入した艦攻や艦爆、陸攻が敵戦闘機部隊によって大損害を受けています。

 惜しむらくは日本がその後の対米戦においてここでの戦訓を、新型機開発に十分に反映出来なかった事ですね。

 機体の防弾能力の低さ、装備の攻撃力不足、格闘戦に強い一方で一撃離脱戦に弱いなどの日本機の欠点が、その後の開発にフィードバックされていればと思わずにいられない一方、用兵に関しては実戦での経験が十分に反映され、真珠湾での米艦隊及び航空基地の壊滅やインド洋での英艦隊に対する高命中率へと繋がりました。

 文春文庫から出ている渡辺洋二著(わ-8-10)の『必中への急降下 海軍爆撃機戦譜』を読むと、急降下そのものが暗中模索の時代であった事変当時、海軍航空隊による急降下爆撃が橋などの固定目標に対しても散々たる命中率だった事が分かります。

 話がそれましたが、この大陸での戦いはやがて昭和12年頃より南京でも連日空陸双方で繰り広げられるようになり、この時には既に海軍は戦闘機を新鋭の九六艦戦へと更新を始めていたため、中華民国空軍の使用していた米カーチス社のホークⅢなどは蹴散らされる一方になっていました。

 その後は九六艦戦による敵戦闘機の一掃、艦爆や艦攻による基地や重要施設の破壊という手順で中華民国を圧倒していき、零戦の登場によって中華民国空軍は完全に手も足も出ない状態へと追い込まれて、零戦が出撃してきたら逃げるという有様に陥ります。

 何せ機体性能で劣り、更にはパイロットの技量でも劣るんですから、多少数の有利がある程度じゃ話になりませんものね。

 中華民国空軍が使っていた機体はアメリカのホークⅢ(資料が無くて速度不明ですが、複葉である事や登場時期などから400km/h台前半と推定)以外だとボーイング281(P-26Cの輸出モデル)(最大速度377km/h)やソ連のI-16(455km/h)であり、格闘戦では九六艦戦に歯が立ちませんし、零戦とでは速度性能も圧倒的に劣ります。

 そんな状況でしたから、恐らくはこの反日記念館は爆撃機相手の撃墜記録自慢に終始しているか、さもなくばお得意の捏造に溢れかえっているかでしょうね。

 丁度いい具合に当時の資料として『空軍史話』という間違いだらけの空軍史が彼らにはあるとのことですし。
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